一章 春―①

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 運転席から聞こえてきたのは、美紀の何かを諦めたかのような溜息。  「陣がな、遠征中に失踪したらしい。生きている可能性は……ほとんど無いそうだ」  ――訪れたのは、世界が終わってしまったのでは無いかというほどの衝撃だった。 「は……?いや、冗談……だよな?」  そんな言葉を、現実だなんて認められるわけが無い。耳の中でエコーする美紀の言葉と、呆然とした雪花、何かをこらえるような顔をした美紀の表情が、現実感から乖離した意識にフィルターの一コマのように映っている。 「どういう……ことなのかな、美紀さん。そんな、死んだって決めつけるようなことがあったの?」 「私も、詳しいことを聞いてるわけじゃないだがな」  そう言って美紀は、風で乱れた長い黒髪をかき上げ、再び重い溜息をつく。  雪花に、肘でつつかれて止まっていた思考が動き出す。  ――――情けない。  心の中で歯がみするも、しかし今の問題はそこじゃ無いと思い直す。  そう、陣が失踪したとはどういうことなのか。  心の中ではそんなこと、信じたくないし信じない。  だけど、現実問題として何かが起こっているのなら。 「二人とも、陣の仕事は知っているな?」 「概要くらいは、だけど」 「俺も、詳しいことは知らないな。遠洋での実験チームに所属して、何か探索しているモノがあるってぐらい」   十川陣は謎めいたところがある。  正確には、秘密好きの格好つけ。間違いなく欠点であるその性質は、管理政府に“口が堅い”という長所として映ったらしい。  なにやら、五艇共同で企画しているという極秘プロジェクトに参加を求められたそうだ。  事実、兄貴は家族である俺と美紀、それに幼なじみである雪花にも詳しいことは何一つとして口を割っていない。
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