一章 春―①

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「それは、西暦3500年を超えた頃の話でした……」  淡く、細波のような教師の声が細く遠く聞こえた。  あ、これはまずいなと、眠気で今にも落ちそうな目蓋を気力で支えて思う。  春は曙、春眠暁を覚えず。  昔の偉い人は言ったらしい、腹の皮が張れば目の皮がたるむと。  午後一時。春の日差しが暖かに降り注ぐ、暖房の効いた教室で襲いかかる睡魔はあまりにも強大だ。  遠のいていく意識を必死にかき戻しながら、耳に、とにかく情報を入れようと努める。 「突如として、この世は海に沈みました。原因として様々なモノがあげられています。  地球温暖化、太陽と接近したこと、北極の氷が溶けすぎたことなど。  しかし、そのどれもがあくまで予測であり、確かな回答ではありません。  故に、私たちの使命の一つ沈没した世界の究明があげられているのです」  聞き慣れた話だと、頬杖をつきながら思う。  昔々の話だ。  俺たちの曾祖父が生まれるよりさらに200年は昔、どうやらこの世界の大陸は海に沈んだらしい。  残されたもモノは、種々様々な僅かばかりの人口、その当時の技術の粋を極めた五隻の巨大な潜水艦、そして先人より与えられた解けるはずもない疑問(しれん)の数々――。    老人たちはどうだかしれないが、そんなモノに俺は興味はない。  俺にとって、世界はこの二千平方キロメートル四方の鉄の箱だけ。  もはや、失って久しい楽園なんぞに興味は出ない。  生き残るための術を残してくれた方々には、それを恩と感じている人たちが義理を果たしたらいい。一般人である俺は、のんびりとその一生を過ごしたいものだ。  そんなことをとりとめもなく考えながらも、意識は完全に眠気に屈し、深い無意識の世界へと落ちていった。
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