バイト少年とサンタのオッサン

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「毎日、毎日、嫌な上司に嫌味を言われてさ、太ってるからって邪魔物扱い、でも仕方ないって諦めるしかないんだ」 ギュッと握り拳をつくり、我慢しているようだ、文句だって言いたい、意見したいでも、できないのが現実だ。 上司と部下の関係は絶対で強固で、逆らえばくびや左遷なんて当たり前にある、社会人になれば、誰もが通る道なのだから、返す言葉も見つからない。上手い言葉なんてわからない。 辻本さんの独り言と、僕の沈黙だけが、クリスマスの夜空にはかなく消える。 「だからなのかな、非現実的なことを信じたくなる、たとえ偽物でも、サンタクロースになって子供を喜んでくれるならってね」 「でも、いつかは、偽物だって知るんですよ」 皮肉混じりに言う、偽物を知り、現実に直面する、子供のままじゃいられない、いつか、大人になる。 大人になって、汚濁にまみれていく、子供のように純真なままじゃいられない。 「それでもだよ、子供は夢を見るのが仕事なんだ、私達、大人は夢を叶えるのが仕事なんだよ」と言って。 「偽物でもね、喜んくれるなら、それでいい、いつか現実を知るその日までね」 辻本さんは、本物のサンタクロースのような笑みを浮かべるのだった。 偽物かもしれないけれど。 本物なんていないのかもしれないけれど。 偽物でも、本物でも、どっちでもいいと単純に思えた。 「メリークリスマスです、辻本さん」と、僕は小声で呟くのだった。 幸せを運ぶサンタクロースはここに居る。
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