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「ちょっと神野さん、だいじょうぶ?」
心配そうな担任教師の声で、張りつめていた教室の空気が弛緩した。
僕もはっと我に返り、慌てて神野依代から目を反らす。
永遠に思えて実際には十秒とかからなかっただろう。
けれど、それでも初対面の男子と女子が、無言でずっと見つめ合うには長すぎる時間だ。
教室中のあちこちから、ひそひそと会話を交わす声が聞こえてきた。
と、その時――呟くように、囁くように。静かに、涼やかに。
「タカナオ……?」
――どきりとした。
僕の名前ではない。
が、彼女の呟いたその言葉には心当たりがある。
いや、心当たりなんてもんじゃない。
なぜなら、その名は、その名こそは――
「ちょっと、あんたねえ!」
再び静止しかけた教室の空気を、いきなりの怒声が震わせた。
僕の隣で幼なじみのあかねが立ち上がり、眉をつり上げて神野依代を指さしている。
「転校早々、その態度はないんじゃないの? 先生が困ってるじゃないの!」
喧嘩っ早くて正直者で、無駄な正義感に溢れた空手部主将。
この学校広しといえども、彼女に逆らえる生徒は一人としていないだろう。
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