第一章 天国の時代

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「ちょっと神野さん、だいじょうぶ?」  心配そうな担任教師の声で、張りつめていた教室の空気が弛緩した。  僕もはっと我に返り、慌てて神野依代から目を反らす。  永遠に思えて実際には十秒とかからなかっただろう。  けれど、それでも初対面の男子と女子が、無言でずっと見つめ合うには長すぎる時間だ。  教室中のあちこちから、ひそひそと会話を交わす声が聞こえてきた。  と、その時――呟くように、囁くように。静かに、涼やかに。 「タカナオ……?」  ――どきりとした。  僕の名前ではない。  が、彼女の呟いたその言葉には心当たりがある。  いや、心当たりなんてもんじゃない。  なぜなら、その名は、その名こそは―― 「ちょっと、あんたねえ!」  再び静止しかけた教室の空気を、いきなりの怒声が震わせた。  僕の隣で幼なじみのあかねが立ち上がり、眉をつり上げて神野依代を指さしている。 「転校早々、その態度はないんじゃないの? 先生が困ってるじゃないの!」  喧嘩っ早くて正直者で、無駄な正義感に溢れた空手部主将。  この学校広しといえども、彼女に逆らえる生徒は一人としていないだろう。
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