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「錨を上げろ!帆を張れ!出港だ!!」
青年の声を合図に船がゆっくりと動き出す。
拡げられた帆には大きな髑髏と交差する刃、そして翼の紋様。それが彼らの乗る船<黒い翼>(ブラック・ウィング)が掲げる海賊旗だ。
見馴れた港が段々と小さくなっていく。少年は大きく身を乗り出し、波の飛沫と強い潮風を全身に受ける。
「さて、もう引き返せないぜ。覚悟はできてるか?」
そんな彼に青年が言葉をかける。逆立てた銀髪と爬虫類のように鋭い紫色の瞳が特徴的な彼がこの船の船長だ。
「もちろんです、船長。」
少年は力強く答える。いつか船に乗って大海原を冒険するのが少年の夢だった。そして、これから自分も彼らと共に長い航海に出る。
故郷の港はほとんど見えなくなった。どこか物寂しさも感じるが、これで夢が叶う。そう思えば乗り越えられた。
航海技術が飛躍的に発展した今日、海に憧れ、海に駆り出す者達は少なくない。海の玄関口である港町はどこへ行っても各地の文化が入り交じり、かつてない賑やかさを誇っている。
彼はそんな時代の港町に育ったごく普通の少年である。名はヴェルナ=グラウコス。彼もまた海に憧れる者の一人で、いつかこの町から海へ旅立とうと考えていた。そんな平凡だった日常は青年との出会いを期に一転、少年は海賊としての道を歩み出した。
話は数時間前に遡る。
「おい兄ちゃん、どこに目ェ付けて歩いてんだ?」
ヴェルナはいつものように宛もなく町を散策していた。大勢の人が賑わうこの大きな港町で人の波を縫って歩くのは、住み慣れていても意外と難しい。この日は運が悪かったようだ。そもそも露店に気をとられてよそ見をしていたヴェルナがぶつかってしまったのは、見るからに屈強で粗野なよからぬ連中。
「す、すみません、俺の不注意で……」
「おうおう、ちょいと話つけようじゃねぇか。」
そして彼は路地裏に連れ込まれた。これよくあるやつだ、これ面倒なやつだ、全財産いくらもないんだけどなぁ、と思いながらも逃げ出せる状況ではなさそうだった。当然喧嘩などもからっきしで、戦って勝つというのはまず無理だ。そもそも勝ってどうする。
もうダメかと思ったところに現れたのが彼だった。
「おっ、イジメかカツアゲの現場?今時流行んないぜ?」
「うっせぇ、いいんだよ流行りとか!っていうか誰だテメェは!」
「しがないお尋ね者さ。うちの子分が何か粗相やらかしたようで。」
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