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小雨の中を歩いていた。風は弱く冷たい。傘は手に持っていた。
私の目の前にはなにもない。黒。黒。黒。静かな闇だけが暖かくてどうにも居心地が悪い。しかしこれもいつかは慣れるのだろうかとふらふら、私は歩を進めるのだった。
世界の反対は黒。
これは私の黒。
温かい刃物の利点とは――つまり周囲を溶かして、バターのように――傷を致命的なものにするということだろう。『二度と元には戻らないその傷は私に一生付き纏うのだ』。そうして生きていくしか方法がない。私とはそういう人間だ。
「お前は人間か」と何度か自問した。私は私が人間である核心は持てなかったが私は私が人間ではないのかもしれないという疑いなら持てていた。つまり私は人間なのであろう。醜くて情けない私の心の在り様からして私は人間なのであろう。私は人間に期待をしていない。
期待をしなくとも何かを求めることは可能だ。
信じていなくとも自分を偽ることは可能だ。
自分を偽るだけの価値を相手に夢想することは可能だ。
それは自己満足で、自分勝手で、不相応で、見苦しい。自分に見出だせない価値を他人に依存しているにすぎない。
どこまで歩けば、或いはどこまで生きれば――死に続ければ――何を信じれば、何に縋れば――縋り付けば――私はここから出られるのだろうか。
街灯が時折、私の足元をそろりと照らした。無機質な光。
そうしたらふとその場に立ち止まって、私はそれを見上げるのだ。
頭上に広がる黒、それだけを確認して。私の黒を握りしめるのだ。
ここは世界の反対側。居心地の悪い黒。
私はそれに浸っていたいと、世界の名残を抱きしめた。
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