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見てはいけないものを見た。ような気がした。
「Shh――…」
気品さえ漂うその人は、けれど笑みを湛えてじっとこちらを見ていた。
それはまるで悪戯が成功した子供さながらで、唇に添えた人差し指がさらに幼く見える。
しかし、芸術性さえ感じる容姿にはそれさえも美の要素にしかならない。
「エスコートして下さらない?」
ダンスの時間を告げるように、辺りに音楽が流れ始める。
有志による演奏だからか、所々不協和音が混じる様はかえってハロウィンらしさを醸し出している。
誰かの手作りらしい、いびつなランタンや色とりどりの蝋燭、ふわりと浮かぶ灯籠が仄かにその人を照らすは優しい光であるはずなのに、どこか冷ややかで。
もちろん、その人は恐そうな面持ちな訳ではなく、むしろ柔らかに笑っているのだけれど。
自分の目はとうとうおかしくなってしまったのだろうか。
それとも、先程自分が見たものは見間違いでも何でもなかった…?
はたと気付くと眼前の淑女を放ってしまっている。
「…彼はもういないのかしらね…」
ぽつりと零れた言葉は憂いを帯びたその人の足元に吸い込まれていった。
青い装飾品が目立つのは件の彼の好みなのか、など野暮な事。曇ったその表情を消したくて、だってお祭りなんだ、この人にも楽しむ権利はあるだろう。
「あ、あの…僕で良ければ…」
伸ばされた手を取らなかったのに虫が良いとは思うが、この人の為に何かしたかった。
晴れやかな笑顔で過ごしてほしいと思った。
彼の代わりは無理でも、彼女の為に今日限り愉快な道化を引き受けよう。
「…お願い致しますわ。小さな紳士さま?」
彼女に笑顔が戻る。
つられて笑ってしまったけれど、ずっと笑顔でいてもらうには何をすべきかな?
自分に何ができるだろう。
(…幽霊って何が好きなんだろ?)
そう考える僕の横、しっかりと手を繋いだ先、彼女が妖しく微笑んだのには気付かない。
――エスコートはもちろんあの世まで、でしょう?――
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