キャリーNo.1!

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『明日からいよいよ、私も…』 退勤の準備をしながら、彼女は、高鳴る興奮と至極の幸福に、胸を踊らせていた。 しかし 顔の表情ががらっと変わって曇る。 ふと、絶え間ない淋しさに襲われる。 そうなのだ。 新たな新天地へと踏み出すため、この街と交番とも、お別れだ。 制帽を見つめ、この気持ちを噛みしめていた。 『どうした?』 先輩の巡査部長が、パトロールから、戻ってきた。 交番勤務、22年のベテランだ。 歳は40前半だ。 『あっ…先輩…』 いきなり声をかけられたので、彼女は少し驚いた。 『明日からだな』 先輩は言った。 『はい。地域課から、刑事課 強行犯係へ異動になります』 彼女は淡々と、説明した。 『なんだ?嬉しくないのか?』 先輩は、説明する様子に、ふと違和感を覚えて、そう聞いた。 『い、いえいえ!!嬉しいです!!でも、少しだけ…』 彼女は動揺して、否定した後、そこで言葉を切った。 『少し?』 先輩は、続きを促す。 『この街とお別れするのが、少し淋しいなって…』 彼女は、うつむいて、悲しげな口調でそっと呟いた。 『フフ。お前らしいな』 先輩は、深い悩みでなくてホッとしたのか、微笑んだ。 『やっぱり、おかしいですか?』 この気持ちを、少し恥ずかしく思っていた、彼女は、やっぱりかと不安になって聞いた。 『いや、んなことはないさ。ただ…』 先輩はそこで、言葉を切った。 『ただ?』 彼女は続きを、恐る恐る促した。 『夢だった刑事になれるんだ。素直に喜んだらどうだ?』 先輩は言った。 『それは…そうなんですけど…』 彼女は、どぎまぎしながらつまりながら、そう言った。 『俺は刑事にならずに、交番勤務を貫いてきたが、お前はせっかくなんだから、行けよ。良い刑事なれるぞ』 先輩は言う。 『なれますか?私でも…かっこいい刑事に…』 彼女は、不安を打ち消したいがために、訊ねた。 『ああ!頑張れよ!』 先輩は力強く言った。 『はい…!頑張ります!』 ようやく、吹っ切れたのか、彼女は笑顔で言った。 『じゃあ、失礼しますね!』 彼女は言った。 お世話になりました。ありがとうございましたと、言うべきなのかもしれないが、 あえて、そうは言わなかった。 いつものように、退勤した。 『おう!お疲れ!立花刑事!』 先輩の声が、響き渡る。 頭上では、月が微笑んでいた。 穏やかな風に吹かれてー。
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