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「いくら夜とはいえ、それに気づけぬようではな。曹孟徳の子などと、恥ずかしくて名乗れんよ」
冗談めかしてそう言う曹昂とは対照的に、曹安民は悔しそうに呟いた。
「面目ない……せめて馬だけでも無事であれば、子脩殿は……!」
「無いものをねだっても詮無きこと。私の死に場所はこの地であり、ここで果てるが天命だったというだけのことだ」
二人の視線の先では、数で劣る曹軍が、徐々に張繍軍に押されはじめていた。
短く息を吐き、いよいよ覚悟を決めた曹昂は、曹安民に穏やかな声音で頼んだ。
「安民殿。この曹子脩の黄泉路への供、引き受けてはくれぬか」
「無論! 我ら曹家が戦い様、奴らに見せつけてやりましょうぞ!」
馬を駆けさせ敵部隊へと突進する曹安民に続き、曹昂も戦場へと身を投じる。
(子桓、子文、……父上。我らの屍の先に、太平の世を……万民が誇れる国を……!)
曹孟徳の危機に駆けつけた曹旗。
ほどなくして、その旗は地に倒れた。
◇ ◇ ◇
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