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◇ ◇ ◇
宛における曹操軍と張繍軍の戦いは、張繍軍の快勝に終わった。
この戦いの最中、曹操軍の典韋、曹昂、曹安民らが戦死。
曹操は特に典韋の死を悲しみ、その嘆き様は息子である曹昂の死を聞いたとき以上だったという。
曹昂の育ての母であり曹操の正妻である丁氏は、これを聞いて憤慨し、夫と離縁。
曹操は彼女に謝罪したが、丁氏は決して復縁を認めなかった。
張繍が曹操に降ったのはこの2年後、建安4年(西暦199年) 11月のことである。
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