1人が本棚に入れています
本棚に追加
「な~んてなっ」
松尾がニヤニヤしながら竜兵の羽交い絞めを解く。
「…って殺す気か!」
勢いよく振り返ってつま先立ちで松尾の胸ぐらを掴むと、その仕草に丘野と森までもが善を解放してわははと笑う。
「竜ちゃん怒らすと怖いからなっ」
「訴えられちゃう」
などと揶揄う松尾と森を見て、丘野がそのおちょくる空気を増長させる。
「竜こんなだし、諦めておれと付き合おうぜ」
善の位置の高い肩に腕を回して絡みつくと、竜兵は無言で「むぅ」と頬を膨らませる。残念ながら善はこの表情を見逃してしまったのだが、他の三人はニヤニヤが止まらない。
「いやおれが」
「おれおれ」
これは振りだな…と竜兵は咄嗟に頭が働いた。名前が同じだからと、いつもこうして某お笑い芸人に見立ててネタを振るのだ。
「………じゃあ、オレが」
松尾と森までもが善に絡みつくのを見て、竜兵は思わずノッてしまう。それと同時に三人は善から引き、「どうぞどうぞ」と竜兵を善に押し付けた。
竜兵は思わずつんのめって、善の薄いがたくましい胸板に押し付けられる。
「…えっ、えぇ…?本気…?」
善の両手は、竜兵を抱きしめたいけれどいいのかな…といった風に空中でわきわきと動いている。
竜兵は気づかれないような小さな溜息を吐いて、善にだけしか知られないようにそっと、その胸に頬を摺り寄せる。
「とりあえずさー、飯食いに行こうぜ。高校最後、色気もねぇ男だらけの大晩餐会ってかな」
すでに歩き出していた丘野が、振り返ることなくそう言った。他の二人も「いいねぇ」とか「またサイゼかよー」と笑い合って丘野に続いてく。
その場に立ち止まったままの竜兵と善は、一瞬だけ視線を交わして身体を離した。
「ばかやろ、色気はあんだろ」
善だけをその場に残して、竜兵は一歩を踏み出す。
「あっ、そうでしたぁ~」
「お色気担当の竜が来なくちゃなっ」
三人の間に割って入りこんだ竜兵の後ろ姿を、善はただ見つめている。
「イロモノの間違いじゃねぇだろうな」
竜兵のツッコミにうははと笑ってごまかす声を聞きながら、こっそり善を振り返って立ち止まった。三人は倉庫の角を曲がり、笑い声はやがて薄れていく。
最初のコメントを投稿しよう!