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「お、おい、健一!俺はプロ野球選手なんかじゃ…!」
「いいじゃないか。打ちなよ」
反論しようとした孝平のそばにいつの間にか立っていたコーチのタカさんが、キャッチャーミットを片手にそう言った。
「僕が受けてあげるからさ。健一くんに投げてもらいな」
「いや、でも…」
孝平はためらう。
グラウンド内には、「プロ野球選手だって!?」「すげー!!」という驚きの声と、「健一にいちゃんからホームランなんて打てるワケないよ!」というブーイングにも近い子供たちの声が半々に混ざり合いながら響き渡っていた。
「さ、行こう」
タカさんはそう言って、孝平をバッターボックスへ向かうよう促す。
「…………」
孝平は無言のまま、マウンド上で挑発的に笑う健一を睨みつけた。
打たない理由はない。仮にホームランが打てなかったところで、特にデメリットやペナルティがある訳ではない。
受けて、立つか―…。
あまり気は進まなかったが、孝平はゆっくりと、バッターボックスへと向かった。
いつも着ているトレーニングウェアではなく、普段着でバッターボックスに立つことに若干の違和感を覚えつつ、孝平は両足で足元の土を均す。
そして孝平はひとつ深呼吸をしてから、キャッチャーコーナーに座るタカさんに小声で問いかけた。
「えと、タカさん?あの、ひとつ聞いていいですか?健一のヤツ、現役の頃から衰えちゃったりしてます?」
「現役って、高校時代の時から、ってことかい?」
「はい」
「いや、彼は畑仕事を手伝う傍ら、暇さえあればいつもいつも野球してるからね。全然衰えてないよ、たぶん」
「…う」
「むしろ、パワーアップしてるかも」
「マジすか…」
孝平はきつくバットのグリップを握ると、健一の頭をはるか飛び越えた先、スタンドへと目をやる。
公式の野球場に比べれば狭い。だが、だからと言ってホームランを確実に打てるという保証にはならない。
なんでこんなことになっちまったのかな…。
孝平はそんなことを考えつつ、覚悟を決めてバットを構えた。
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