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◇◆◇◆
「お疲れ!」
「おぅ」
健一は冷えた缶ビールを、スウェットの上下に着替えた風呂上がりの孝平に放り投げた。
「いやぁ、今日は楽しかったな、マジで!」
「あぁ」
カシュッ、という缶を開ける音がふたつ、健一の広い部屋に響く。
結局あの後、自分のことを『プロ野球選手』だと思い込んだままの子供たちを相手に、一緒になって野球で汗を流した孝平。
すっかり日も暮れ、帰るべき家のない孝平は、予定通り健一の家へとそのまま転がり込んできたのだった。
「そういやぁ、今日、つくづく思ったんだけどな…」
ベッドに腰掛けた健一が、缶ビールを煽る。
「孝平、やっぱお前、野球うまいよな!プロテストに落ちたのが不思議でしょうがねぇよ」
「あー、アレな。いや、カッコ悪いからあんまり言わないで欲しいんだけどな」
「おぅ」
「プロテストの前日な、ちょいテンション上がっちまって、石段ダッシュしてたらな」
「おぅ」
「足、挫いた」
「ぷっ」
孝平の間抜けなカミングアウトに、思わず噴き出す健一。
「あはははは!!マジか!?お前らしいな!!」
「いや、ホントにここだけの話にしてくれ。妹にでも知られたら、三日三晩は馬鹿にされちまう…」
風呂上がりで濡れた頭をポリポリとかきながら、孝平は照れ隠しのつもりで缶ビールをぐいっと呑んだ。
いまだに笑いの止まらない健一から目を逸らし、孝平は久しぶりに入った健一の部屋の中を改めてぐるりと見回す。
所狭しと並べられたトロフィーや、壁に貼られた何枚もの表彰状。
それらはすべて、子供の頃から続けてきた“野球”で勝ち得た彼の『戦利品』だ。
孝平は、知っている。
自分などより、目の前に座る健一の方こそ、プロを目指すべき逸材であることを。
だが、その思いを健一にストレートに伝えることを、今まで孝平はタブーとしてきた。
なぜなら、
健一が選んだ、家業、すなわち『農家』という選択肢は、
決して彼が望んだものではないと知っていたから。
彼の後ろ髪を引っ張るようなことを、したくなかったから。
その思いは健一も同じだったのだろう。
あれほど仲が良かったのに、孝平がプロを目指すと宣言してからというもの、健一から孝平への電話やメールの回数は目に見えて減っていった。
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