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「ところでお兄ちゃん」
きっちりと制限速度を守った安全運転な割に、どことなく不安の残るドライビングテクニックで車を走らせつつ、真由美が孝平に問い掛ける。
「これからどこに向かうの?そろそろ夕方だけど」
「どこって…、一旦、家に帰るに決まってんじゃないか。んで、荷物を置いてから…」
「違う違う。家に帰れないから聞いてんだよ」
「は?」
「お父さんがさ、孝平が帰ってきても家には絶…っっ対に入れるな、ってさ」
「…………」
にやり、と。
意地悪な笑みを浮かべる真由美を、孝平は助手席からじっとりと睨みつけた。
それは孝平にとって、決して予想していなかった展開ではない。むしろ、あの父親ならきっとそう言うだろうとさえ思っていた。
ただ実際、それを現実に突き付けられてみると…、
「キツイな」
それだけ呟いて、孝平はシートへ体を埋めた。
「仕方ないよ。お兄ちゃんが中途半端な野球人生を諦めない限り、家には上げてもらえないよ、たぶん」
「中途半端とか言うな」
溜息とともに、孝平は噛み締めた口元からそのひとことだけを絞り出す。
お前に言われなくたってわかってるさ。
孝平は思う。
わかってるんだ、俺だって。父さんの気持ちぐらい、わかってる。
でも、
夢は、そう簡単に捨てられない。
ただ、その夢をいつまで追いかけたらいいのか、
このまま、追いかけ続けていいのか…、
それが、わかんないんだよ。
だからその答えを、
俺は探しに、帰ってきたんだ。
この村が、その問いに答えを返してくれるかどうかはわからないけれど。
少なくとも、都会の喧騒や雑踏の中では、答えなんて見つからない気がしたから。
「…で、どうするの?一応、昨日ね、健一さんに聞いたらね、ウチなら泊まっても全然おっけー、って言ってたけど」
「そっか、じゃあしばらくそうさせてもらうかな。しっかし、ずいぶんと手回しがいいな、お前」
「そりゃあもう、できた妹ですから。ダメダメな兄貴のフォローがとーっても大変なのです」
真由美が偉そうに胸を張る。
そして、孝平の同級生でもある健一の家の方向に向け、真由美はハンドルを切った。
「でもさ、お兄ちゃん。これ、マジな話」
前方を見つめたまま、真由美は声のトーンを少し落として、言った。
「村に、帰ってきなよ。お父さんのためにも」
「…………」
孝平は何も言わず、ただ、窓の外の景色を眺めていた。
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