ゆめいろ交響曲

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◇◆◇◆ 遠い、遠い、 モノクロームの記憶。 ぼくは寝る前にトイレに行こうとして廊下を歩いていた。 お茶の間でテレビの音がしてたからそっと覗いてみると、お父さんがテレビで野球を観ていた。 食卓の上に新聞と湯呑みを置いて、お父さんはいつものように、廊下にその大きな背中を向けて、一人でテレビを観ていた。 ブラウン管から響く、バットがボールを捉える乾いた音。 沸き起こる観客の歓声と、やかましい実況の声。 『三遊間、抜けたーっ!二塁ランナー、三塁を蹴った!レフトから返球!間に合うか!?間に合うか!?タッチ、アウトーッ!!試合終了ーっ!!』 その、瞬間だった。 普段、感情を表に出さないお父さんが、テレビのリモコンを思い切り壁に向かって投げつけた。 ぼくはびっくりして、思わず障子の陰に隠れてしまった。 大好きなチームが負けて、悔しかったんだろうな、とても。 お父さんは野球が大好きだから。 このチームが大好きだから。 だからぼくはその時、心の中でお父さんに約束をしたんだ。 お父さん、ぼくね、 大きくなったらプロ野球選手になって、お父さんの大好きなチームに入るよ。 そしたら、毎日ぼくはホームランを打つからね。 毎日ぼくがホームランを打つから、ぼくのチームは毎日勝つんだ。 だからお父さんは、もう、悔しがる必要はないんだ。 それから、何年か経って。 『大きくなったらぼくはプロ野球選手になる!』 そう高々と宣言したぼくに、父さんはとても嬉しそうな笑顔を見せてくれた。 その時父さんは何も言わなかったけど、ぼくは、プロ野球選手になることが、父さんへの最高のプレゼントになるんだって、 そう思った。 ◇◆◇◆ 優しい、 それはそれはとても優しい、 そして、どことなく懐かしいメロディー。 心地よい、柔らかな旋律に包まれ、孝平はゆっくりと目を開けた。 「あ、ごめん。起こしたね」 その真由美の声とともにメロディーは途絶え、 いつの間にか自分が眠っていたことに気づき、運転しながら真由美が歌を歌っていたことを、孝平は寝ぼけた頭で悟る。 「すまん、昨日からあまり寝てなくてな」 「そこは謝るところじゃないよ。お兄ちゃんはいっつもいっつも、謝るポイントが違う!」 そう言って真由美は舌をべーっ!と出した。
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