Last years(1)

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 時刻はすでに午後九時過ぎ。ところどころに設置された電灯のみが光源の、郊外にある寂れた倉庫街。  その倉庫街を訪れた喜連川(きつれがわ)探偵事務所主席調査員、秋峰恭介(あきみねきょうすけ)の目の前に、それは立っていた。  闇夜の中でも映える朱色の着物を着て、顔を般若の面で隠した女性だった。  血を塗り付けたように赤い爪を持つ手には日本刀が握られている。  本来ならお目にかかることのないその代物には、着物の朱、爪の赤よりも赤く、そして暗い色を放つ緋(あか)が施されている。  息を飲んだ恭介の鼻に生臭く、生理的嫌悪感を引き出す臭いが飛び込んでくる。その臭いで今まで無意識的に意識外へと追いやっていたモノが再び目に飛び込んでくる。  両者の間には一人の男性が倒れていた。眠っているわけではないのは誰でも解る。倒れ伏す彼を中心に赤い液体が四方に広がっているからだ。 「所……所長……」  恭介の口から声が洩れる。その声はかすれ、ひどく聞きづらい。  何も出来ず呆然と男性の身体を見下ろす恭介を、女性が見下ろしていた。規則的な息遣いが面の下から届いてくる。そんな生物としての正常な生命活動をしていることが逆に不気味だった。  と、不意に女性が恭介のさらに後方へと目を向け、そのままいずこかへと飛び去っていく。  その後姿をただ見送った恭介の背後から足音が聞こえてくる。 「……遅かったか……くそ……」  震える声が背後から聞こえ、思わず振り返る。  烏を髣髴させるほど艶やかな黒髪が印象的な少女だった。  青いジャージの上着をセーラー服の上に羽織るという、あまりの頓着の無さ。しかし、自然と目が引き寄せられる。  端正な顔に浮かぶ、なにかを耐え忍ぶような表情。  恭介は一目で彼女へと引き込まれてしまった。  恭介の所属する事務所の所長であり、義父でもある人との突然の別れ。  その別れと同時に、恭介はその少女と出会った――
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