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「どうしたんだ?」
あまりにも泣いている姿が痛々しく、思わず声をかけた。
定年後に暇を持て余し、警備員をつい最近までしていたためか、ほとんどのこの辺の住人や子供たちの顔ぐらいは覚えていた。
「……ののじぃ……」
必死になって止めようとしていた涙は、野々村が声をかけてしまったばっかりに、また盛大にあんずのきれいな目から溢れ、滑り落ちた。それでも――。
「なんでもないの……」
と、あんずは首を振った。何が理由で泣いているのかはわからないが、あんずにとっては、大切な譲れないことだったのだろう。
あんずのその姿に、野々村は自身の娘が小さかった頃を思い出し、胸が痛んだ。
「そうか。でも、その顔じゃウチに帰りにくいだろう。――ついといで」
くしゃり。と、頭を撫でて促した。見知らぬ大人でもなく、近所の老人である野々村に警戒心を抱くことなく、あんずは足を引きずる野々村の隣に並んだ。
右手に持っていたタバコの入ったビニールを左手に持ちかえて、アパートまでのほんの少しの距離をふたりは並んで歩いた。
野々村の手を握ったあんずの手は、子ども特有の体温で温かく、懐かしかった。
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