白い罐

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『雪の円蓋』 尖った風が氷上をさっと掃くと、雪虫が舞い上がる。 雪虫は雪ではない。そのため、いちど空中に払われてしまうと、しばらくは地べたへ帰らない。 四方に散り散り、天上へ昇るものや、右や左へ消えてゆくもの、各々が方向を取り戻す。 ぱららと翅をたたいて風に乗り、そうして空気中の結晶を粉砕し、粉砂糖にして散らす。 世界は白い丸屋根だ。 その雪虫の群れの泳ぐ丸屋根に、少年は守られている。 少年は、氷を柔らかに覆い隠す粉砂糖の上を歩きだす。 そうして銀のスコップを両手に構え、砂糖をいっぺんにかき集めてしまうと 雪の小屋へと運んでゆく。 硝子の扉の隙間をすり抜けてしまえば、小屋の隅には圧縮機械が座っている。 少年は、その機械のラッパのような口に、粉砂糖を放り込んだ。 機械は低く唸り出し ゆっくりとした駆動をみせながら、チューブから水飴を垂らす。水飴は外気に触れると粘度を増すので、少年が触れても形を損なう事は無い。 なので、細くながい美しい糸を紡ぐ事が出来る。この脆い糸で冬を編む事が、少年の仕事なのだ。 砂糖を詰め、詰めては糸を紡ぐ 紡いでは冬を編み、編んでは砂糖をかき集める。 雪虫と冬は、少年が生む。 ある時、少年が糸を紡ぐ手を止めると、糸はたちまち、分解してしまった。糸は雪の結晶を崩して緻密に編み込んだもので、これでは使い物にならない。 糸繰り車を止め、雪屑をはたき落としながら、少年は小屋を出た。 丸屋根の空が黒いのだ。 雪虫も飛んでおらず、夜にはまだ長いというのに。 するとそのてっぺんにぱっと満月が咲き、咲いたと思うと天地を揺るがすような地震が起きた。 少年は足を滑らせて、雪虫の海に溺れる。 硝子の風船はいとも易く弾けてしまい、潰れ、破片と共にコンクリートに散らばった。 書斎の棚をゆく猫の脚が、スノードームを蹴ったのだ。
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