赤い罐

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『ビー玉』 夏の暑い日でございます。 雲はうずたかく、蝉はあぶらの爆ぜる音を鳴らし、吸い込む息はぬめり、ひとびとにとって、それはそれはくるしい猛暑の日です。湯釜に煮立てられるような、灼熱です。 とある病院のひのかげ、あなたは少女に出会いました。 木綿シャツとあかい吊りスカートからにょきにょき伸びた手足と、しろい肌に張り付く黒髪がやけに長く印象的な、少女です。 しかしそれの手足があんまり虫のように長ひょろなので、あなたはそれが少女ではなくて、虫なのだと思い至りました。 虫に関してあなたは標本の作り方をよく心得ておりましたから、それの手を引いて、自分の借り部屋へと持ってゆきます。 虫は抵抗はしませんが、辺り一帯白い部屋を眺め回しては、珍しげに翅を鳴らします。 あなたは虫が二度と飛ばないようにと、大量のビー玉を虫にのませることにしました。 虫がげえげえ泣きながらもガラス玉を飲み込むと、腹の底でかちかちいうのがとてもよくわかります。 かちかち、かちかち。 これで飛ぶことはできません。 次に浴室へと連れてゆき、水を張った浴槽へと落とします。 虫は抵抗しませんし、ビー玉の重さで浮き上がりもしません 水の底からこちらを見上げて、黒髪の水中花を咲かしています。 虫は標本箱の中です。 あなたが綴じた虫はいま何を考えているのでしょうか。なにを夢見て、睫毛を震わせているのでしょう。 あなたは白昼夢を見ていたために深く考えを馳せる事は出来ませんでした。
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