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『鋏』
鉄塔は夕暮れを裂いて、帰り道の物寂しさを演出していた。
自転車はぎくしゃくと泣いて、足取りの重さを手伝っている。
鉄の味が鼻腔をついて、僕の焦燥感を急がせた。
にびいろが好きな僕は墓場のように夥しいトタン屋根をひっそりと潜って帰るのが好きなのに、その日もトタンを潜ったのかと訊かれると、定かではない。
ただ、確かに、踏切の鐘の音を耳にしたのだ。
***
放浪癖の叔父は、世界の極端で見たもの感じた事のすべてを一々僕に刻むかのように、その土地の品々を土産に持ち帰ってくれる。
飾り羽根の仮面に翡翠色の硝子細工、木造りの兵隊からその小物まで。見目に鮮やかな民族衣装をくれたこともあった。
絢爛な異国の香りに小さな頃こそ喜んでいたものの、十五も年を重ねたいまとなっては、またかと嘆息するばかりだ。
だがそ苛立ちはなにも、不躾な子供扱いのためだけでは無い。
何故なら受け取ってゆく内に、これらは僕へと贈られた物ではないと、何となく気付いたからである。
廃病院の裏で自転車を乗り捨てた僕の左手には断ち切り鋏が握られている。そして右手には、妹のワンピースが。
手術室が好ましい。
そう思い付いて以前破った窓は、直す者もなく変わらずそのままだ。
入り込めば、僕は真っ先に部屋へと向かう。
手術室はあらかじめ、叔父の土産品で装飾してある。これらはすべて儀式のための必要な道具であり、ここは神聖な祭壇なのだ。
手術台にワンピースを放り投げる。
取り囲む仮面や燭台や甲冑や人形や絵画や楽器や魔よけの飾りや衣装が僕を見ているが、
僕はそれらを振り切って台へとまたがった。
ワンピースは赤いので、僕が鋏を突き刺すと痛々しい。両手で振りかぶって手術台ごと刺す。
雨漏りでもしていたのだろうか、台の皮がやぶれ、なかから綿と水分が滲み出すと、妹のワンピースが焦げ茶の染みを作る。
僕は鋏を左手に持ち布目に沿って、力任せに裂いてゆく
叔父が見ていると思うと、頭にひどく血が上り、妹はやがて血だまりのようなみすぼらしい布切れになった。
荒い息遣いで鋏を床に捨て、布の切れ端を手に取って顔を上げる。
するとまだ、叔父が見ているのが分かる。四方から目を血眼にして、僕を睨んでいる。
僕は叔父から、妹を取り上げる事に成功したのだ。
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