宇宙旅行が終わる日まで

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  かつて人や動物の肺を満たしていた清浄な空気は、今や致死性の猛毒ガスと成り果てている。 いかめしい防護服なしでは散歩すらままならない。 外へ散歩するには、厚いスーツと半球状の被り物、背中には圧縮された人工空気のボンベを装着する必要がある。 これではピクニックが宇宙旅行だ。 「窒素約七十八パーセント、酸素約二十一パーセント、アルゴン約一パーセント、その他諸々の稀有気体が少量……」 ソラは昔の大気の成分組成を唱えた。 「何の呪文? ソラの肺が治る効果でもあるの?」 防護服に着替えたマドカは、頭を覆う透明な半球ヘルメット越しに話しかけた。 「一般人用に供給されている人工空気は、これと同じ容積比になっているんだ」 「ふうん、マドカにはちょっと難しいかな」 「それはそうと、マドカの防護服、きつそうだぜ。大丈夫かよ?」 「遠回しに太ったと言いたいわけ? お、乙女に向かって!」 「やっぱり防護服を着ていないときのほうが可愛いなあ」 「い、いきなり何を言ってんのよ」 動揺するマドカ。 「いつか世界中の空気が浄化されたら、そんなものを着る必要がなくなるのにな」 大気清浄化の研究は世界中で行われている。 開発したての大気清浄機を用いたボランティア活動も展開されている。 だが人類が防護服を脱ぎ捨てる日はまだ数百年先になるだろう。 「そしたらソラの肺も治るかな?」 「それは分からないけど、そうなったらいいな」 ずっと一緒にいられるから。 ソラとマドカは一日数時間しか会うことが許されない。 それでもマドカは毎日ソラに会いに行った。 たとえ同じ空気を吸うことさえ叶わなくとも。
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