一匹の存在

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私は、桐崎家の人間が好きだ。 人間の言葉を理解し、桐崎家の人間の言葉を聞いてきた今だからこそ確信をもって言える。 史彦は飼育ケースの環境をこまめに気にかけてくれるから好きだ。 水温管理のヒーター、ろ過器、甲羅干し用の岩など、さまざまな物を買い揃えたのも彼らしい。 ただ、私と似た形をした亀の置物を飼育ケースに入れるのはやめてほしかった。目が恐いので飼育ケースの隅に運んだが、できれば撤去してほしいものである。 私は、香織も好きだ。 子ども達が学校へ行く日は、彼女かいつも餌をくれるし、彼女は私に身の回りで起こった事をよく話してくれるのだ。 夏場など暑い時は毎日のように玄関に来ては、冷えた飲み物を片手に最近自分が興味を持っている事、買い物に出かけた先で何があったかなどを笑顔で話してくれる。 人間の言葉を理解できるようになってからは、彼女の話が楽しくて仕方なかった。飼育ケースの中という限られたスペースで暮らす今の私には、とても興味をそそられる話ばかりだ。 道路、畑、水田、木、山など、飼育ケース内からこのような田舎景色を見ることしかない今の私にとって、彼女の話は聞いていて飽きるものではなかった。
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