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土方さんに鋭い目つきで見られ、私は反抗することができなかった。
(たしかに、帰り方とかなんて分からないけれど・・・。自分の言い出したことかもしれないけれど・・・。まだ何でこんなことになったのかとかも分からないのに、ここで暮らすなんて・・・)
私の心の中は一気に不安で一杯になった。
そんな私の心を映しているかのように辺りは静まり返り、鳥の鳴き声だけが響き渡った。
「ところで、名前は何と言うんだね?」
「えっ?」
いきなり近藤さんがそう尋ねてきた。
近藤さんは優しそうな笑みを浮かべていて、この部屋の空気を気にもしていないようだ。
たぶん私の気持ちを察してくれて尋ねてくれたのだろう。
「柚葉、です。」
「柚葉か。いい名だな。苗字は何と言うんだね?」
「おっ__」
私は言いかけた言葉を飲み込んだ。
「えっと、桜、木・・・桜木柚葉、です。」
咄嗟に思い浮かんだのは、さっき見た桜の木。それで桜木と名乗った。
なぜ偽名にしたのかの理由はただそのほうがいいと思ったから、だと思う。そう思うことにした。
「桜木くんだな。ここは女禁制だからそう呼ばせてもらおう。」
近藤さんは私が嘘をついたとも知らずに、微笑みながらそう言った。
「桜木くん。」
だけどすぐに真剣な顔になり、さっきまでの温かみのある声ではなく低い威厳のある声で私の名前を呼んだ。
「・・・はい。」
「正直、わたしもまだ君が未来から来たなんて信じることはできない。・・・だが、君が嘘を言っているようにも思えんのだよ。」
「えっ?」
「たしかに歳の言っていることもあるが、とりあえず“池田屋事件”、というのが起こるまで、起きるまで。それまではここにいてもらいたい。もしかしたらそれが証拠になるかもしれないからな。・・・信じてみたいんだ。桜木くんの言っていたことを。」
近藤さんは一度も私の目から視線をそらさずにそう言った。
意外な話ではあったけれど、言ってくれた言葉の全てに嘘があるとは思えなかった。
ましてせっかく信じてみたいとまで言ってもらえたのに、とやかく言うことは今の私には出来ない。
「・・・・はい。」
私も近藤さんから視線をそらさずに返事をした。
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