序章

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  《東暦1695年某日》 〈太平洋上空 北緯32度、東経143度〉 『モンスーン1より〈はるひ〉、システムコンタクト。空域A2に複数のプレスタント異濃点をを探知。数は2、否、6。速度500kt(時速925km)、ベクター030より本艦隊に向け、進行中。対象は『ヌル』の可能性、大。迎撃を要請する』 『〈はるひ〉よりモンスーン1、コピィ。此方でも確認した。以後、対象の異濃点を指定災害飛行物体『ヌル』と認定、トラックナンバーN035、N036、N037、N038、N039、N40と呼称する。データリンクにアップロード。これより、FI(迎撃機)を向かわせる。インターセプトまで20分、会敵予想時刻1230』 『FIは何処のだ?』 『スコードロン・ストーム(ストーム隊)だ』 『ストームか』 『モンスーン1はそのまま追跡に当たれ。アネモイを誘導せよ』 『ラージャ。モンスーン1より〈はるひ〉。早期警戒を継続。ストーム隊を誘導する』 『コピィ。プレスタントの急激な濃度変化と"ヌル"との遭遇戦には気を付けろ』 『ラージャ、心得てるつもりさ。Monsoon-1, turn for vector 0-3-0.』 『Good luck, monsoon-1.』 青い空を掻っ切るように1機の戦闘機が爆音を上げて飛んでいる。何本もの刺のようなアンテナを立て、タンデム配置の複座のコックピットを有した航空機。主翼下面にはミサイルらしき筒状の物体をぶら下げている様子から戦闘機というのが分かる。コールサイン・モンスーン1と名乗る航空機の前後のコックピットではパイロットとRIO(レーダー要員)が何処かと無線でやり取りしている。 「───ったくよぉ、何で今日みたいな穏やかな日に奴等が出てくんだよ?」 ごく初期のAスコープレーダーのような縦状の波、まるでオシロスコープのような波が表示されたレーダーディスプレイを確認しながら、RIO要員は一人嘆いていた。 「愚痴る暇があったらそのレーダーとにらめっこしてやがれ。見逃せば"ヌル"を見失い、アネモイを誘導出来なくなる」 「大丈夫だって。プレスタント濃度探知機と合わせたこのレーダーなら“ヌル”を見逃さないって。あいつ等を無事にちゃんと誘導してやるからさ」 「慢心は命取りだ。何度もやっていて慣れてきた時こそ人間は失敗する」 「うげぇ、またそれかよ。説教は飽きたぜ?」 「分かってるならちゃんとやれ。あぐらかいてぼさっとしている暇があったら仕事をしろ」 「へいへい、仕事熱心だこと。だから女が出来ねぇんだよ、お前は。楽にしようぜ? 堅くなってたらストレス貯まってハゲて余計に女が出来なくなるぜ?」 「やかましい。後で降りたら生意気な顔面に一発食らわすぞ?」 「おぅ、おっかねぇ。女が出来ない顔になりたくねぇから止めとくぜ」 「ったく………」 呆れた顔をするパイロット。後ろのRIO要員はまるで反省する素振りも見せず、陽気に目の前のレーダースコープのレンジ調整ノブを回して感度を調整する。 レーダーは初期に良く見られたAスコープレーダーのようなもので、そのオシロスコープ状の波形で対象との距離とその数を特定するものだ。往年の漫画やアニメのように位置やその種類を特定出来る能力、全方位を網羅できるだけの能力はそこには表示されていない無い。何処から敵が来るのか、どの方角に敵がいるのかは分からないが、おおよその敵との距離を探知するだけのごく単純なレーダーだ。 もう一つは、良く映画やドラマで見るPPIスコープレーダーだ。円形のモニターにはモヤみたいなものが複数映り、その中にピークと呼ばれる強い反応があるものが6つ表示されている。モヤみたいなものは『プレスタント』と呼ばれる、この世界の大気成分の一つで尚且つこの東暦世界文明の技術、生活に欠かせない物質である。このプレスタントという物質は圧力を加えると熱が発生し同時に強力な反発が起きる。その現象を利用し、航空機ならば主翼下面等にプレスタントを加工した部材を貼り付けると揚力が得られ、長時間の飛行が可能になる。更にこの物質があれば我々西暦の世界では考えられない大きさのものを飛ばす事だって出来る夢のような物質だ。 そのプレスタントは大気中に均一に広がってる訳では無い。薄いところがあれば濃いところもある。スコープ上に映るモヤはそのプレスタントの濃度がやや濃い事を示している。 そして、それとは他にスコープ上に映る6つのピークは『ヌル』と呼ばれる物体がそこにいるという表示。彼等はその『ヌル』と呼ばれる飛行物体を追跡、監視をしている。時々、その装置を操作し、手動で対象の方向を確認したりして対象を見失わないようにする。 「目標は進路を変えず、艦隊に近付く。完全に艦隊を狙っているな」 「艦隊をたった6機だけで狙う? 無謀だな」 「"ヌル"には判断したり思考するだけの脳ミソは無いんじゃないの? 狙い目付けたら猛禽のようにただ襲い掛かるだけじゃねぇの?」 「止めろ、そういう甘い考えは。"ヌル"の事は我々『A.M.C.O.S.』が集めた情報を持ってしても、その全容が全く把握出来ていない。1パーセントぐらいしか分かってないんだから。その未知の敵に対してそんな軽率な判断をして掛かると痛い目に合うぞ? 前に俺がいた飛行大隊はそれが原因で、俺を含めてたった3機しか生き残れなかった」 「そいや、A.M.C.O.S.に来る前は第1艦隊の旗艦艦隊直援にいたんだったよな?」 「そうだ。アレを前にして俺達は成す術が無かった。たったの4体の"ヌル"との遭遇で総隊旗艦〈ふくしま〉は中破。軽巡3隻、駆逐艦2隻、航空機45機を失った。たったの30分の戦闘だ。そう30分でだ。対空に特化した艦隊だったのにも関わらず、艦隊はその戦闘機能を失ったんだ。あれは初遭遇で"ヌル"の存在が分からなかった頃だったから仕方ないが、いくら我々が国軍より技術と科学力が優れているとはいっても、俺達には艦は戦艦規模の重巡1隻、軽巡2隻、駆逐艦4隻、それに戦闘機は今はたったの4機しかない。機動艦隊とは言ってるが、所詮は機動艦隊という名ばかりの小規模の戦隊だ。旗艦艦隊規模でもないあの戦隊じゃ、直ぐに全滅しちまう。経験した俺が言うんだ。可能性は高い」 「俺は直接は相手にしてねぇけど、あれはショックだったな。憧れの〈ふくしま〉がやられたからな」 「だから気を抜くな。奴等はどんな手を使ってくるか分からんぞ」 「ほいほい、ふんどし締め直しておくよ。あんな奴等に落とされちゃたまんねぇからな」 ──等とインターホンを介し、目標を追跡するモンスーン1。脅威である6つの『ヌル』と呼ばれる飛行物体を追跡し、それを『はるひ』と呼ばれる所に報告し続け、更に接近する迎撃部隊『ストーム』をヌルの所に誘導する。 追尾開始してから10分後の事だった。モンスーン1に通信が入る。 『ストーム・リードからモンスーン1、状況を知らせ』 それは迎撃に向かってきているストーム隊の隊長機ストーム1だった。 「来たか、ストーム隊。頼もしい限りだ。現在ボギー6(不明機は6機)、ホーム(母艦)へ向かって直進中。接触まで15分。そっちは――?」 『既にそちらの機影を捉えています。到着まで5分。誘導を』 「了解、こちらでも捕捉している。流石に速いな、お前達のその『ラガニア』は。一体どういうエンジン積んでんだ?」 『まぁ、最新鋭の技術ってやつですよ。速い分、飛行時間は極端に短い、燃料バカ食いの問題児ですけどね』 「その最新機能っての、うちの機体にも積んで欲しいぜ。馬鹿っ速くとんずら出来るし」 『こっちは遠くからできるだけ早く到着するためにこのエンジンを積んでるんですよ。それに、良いんですか? こんな通信してて、〈はるひ〉に丸聞こえですよ』 「おっと! そうだった、そうだった!」 等と他愛も無い通信になってしまった事をストーム1に指摘され、RIOは悪気も感じずにレーダースコープを覗く。その通信を聞いてたパイロットは呆れて深い溜息をついていた。 「えーと、ヌルはコースを変えずにホームに直進中。ストーム隊はコースを030に転進───否待て!? 目標が転進!! そっちに向かったぞ!! ベクター160、ヘッドオン(真正面)!!」 それは突然だった。こちらのレーダーレーダースクリーン上の6つのシンボルが突然、スクリーンの上をストーム隊の6つのシンボルに向かって動き出した。それも早い速度で。 「馬鹿な、向こうの探知範囲外の筈だぞ!!?」 「間違いなく向かっている!! ストーム1、緊急事態だ!! 対象が増速してそちらに向かった!! 接触まで約30!! 注意しろ!!」 直ぐに迎撃に来るストーム隊に警告する。 「了解した、直ぐに迎撃行動に移る。ストーム、エンジェル3(高度30000フィート)まで上昇、頭を取る」 此方が慌ててるのにストーム隊は特別、取り乱す事もなく、まるでこれが予測出来てたかのように、慣れた作業を難なく熟してきた人間が発するような落ち着いた余裕のある返答をした。 「おいおいおいおい、余裕ありすぎじゃないのか? まるでベテランみたいな感じ出しやがって?」 「年下であっても、あっちが長くここにいるから先輩なんだし、俺達以上にヌルと戦ってきたんだし。それに『ビヨンズ』だからな。何か感じるものがあるんだろ」 「よく分かんねぇぜ。レーダーにも反応しねぇ、現代兵器のほとんどが通用しねぇ、不気味で人間離れしたあの化け物相手にこうも冷静でいられるなんて、やっぱ人間じゃねぇ」 「それ以上言うな。望んで“人間を辞めた訳じゃねぇ”。彼らは俺達の仲間だ」 「でもよ、あのサイクロン隊を打ち負かしたんだろ!? 教育隊上がりの実戦経験が全くねぇひよっ子共が、何で“あの戦争”で生き残ったエース揃いに勝てたんだよ!?」 「知らん。知らんけど、何か特別な力があるからなんだろ? その力のお陰で俺等はこうして生き残っている。彼等は希望なんだ、俺等にとって、そしてこの世界にとって。見ろよ、希望の軌跡だ」 そう言ってパイロットは空を見上げる。その目線の先には4つの細い飛行機雲が空を切り裂いている。彼の言う希望が綺麗な、まるで教科書のお手本のような美しいデルタフォーメーションを組んで間隔を狂わす事なく颯爽と現れた。その美しい様子にパイロットはまるで青空に憧れる子供のように目を煌めかせて見上げ、同時にその美しい飛行と自分達が獲物を目の前にして偵察しか出来なく、戦闘が出来なく誇り高い戦果が残せない事にちょっぴり嫉妬した。  
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