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ある日僕は記憶を失って
それからはずっと病室で寝ていた
窓際の明るいベッド
外の世界は今日も騒がしかった
「何か思い出した?」彼女は言う
向かいのベッドで本を読みながら
僕が来るずっと前からいる人で
大きな機械に囲まれていた
難病を抱えた細い体で
どんなときも楽しそうに笑う
そんな彼女を見ていると
なぜだか懐かしい気持ちになって
僕の空っぽの頭の中はいつからか
ひとつの感情で埋め尽くされていた
何もすることがない退屈な時間
病室でふたり 話をしてた
思い出はひとつも残ってない
だけど自然と話し込んでいた
「何か思い出した?」彼女は言う
もう口癖のようになった言葉
その度に僕は首を横に振る
すると彼女は決まって微笑んだ
窓枠におさめられた世界は
ずっと変わり続けているように見えた
でもふたりの間の時間は
きっと進むことを知らなくて
他愛のない話で笑ってるだけ
そんな日々が続く気がしてた
夜中に目が覚めた 病室が騒がしい
いつもと何かが違った
彼女を取り囲む 白衣の人たち
彼女は目を閉じたままで
どこかへ運ばれていった
次の日から向かいのベッドには
彼女の姿はなくなっていた
秒針が進むごとに込み上げる悲しみが
僕の記憶を甦らせていた
僕にとって彼女は大切な人だった
一生をかけて守ろうとした人
僕が記憶をなくしたのは
彼女のお見舞いに行く途中の事故
こんな偶然が重なったから
さいごのときまで笑って話せた
こんな偶然が重なったから
さいごのときまで一緒にいられた
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