Ⅲ

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「でも……いいんです」 恵美は、しばらく迷ってから、思い切って口を開いた。 「いいって?」 訊ねてくる啓介が、当事者であるはずの彼女よりも辛そうな表情を浮かべているものだから、恵美のほうが和成をフォローする形になってしまう。 それは、半分は確かに本音だった。 しかし、もう半分は、自分を落ち着かせるための呪文のようなものだったのかもしれない。 「もし、それが本当でも……。 付き合う前のことですから、私が裏切られたわけでもないですし」 と言いながら、ふと頭をよぎったのはフミのグレーの瞳。 彼の目は、その時のジュリと和成を、どのように見ていたのだろう。 その透き通った瞳に悲しみの色が浮かぶところを想像してみたけれど。 いつも笑顔を絶やさない文雄が、悲しんでいるところなんて、考えつかなかった。 「私よりも……フミさんのほうが、つらいですよね。 そんな場面、見ちゃったら」
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