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懸命に訴えるように和成は何か続けようとしたけれど、恵美は先を聞く勇気がなかった。
自分でも意識しないうちに、体のほうが反応してしまって。
和成が自分の名前を呼ぶのを背中に聞いて、駆け出してしまっていた。
重い扉が、すぐに彼の言葉を断ち切って、代わりにうるさいくらいのクラクションの音が飛び交い始める。
どこか遠くのほうで、もう一度、自分の名前を呼ぶのが聞こえた気もしたけれど、振り返ることもせずに足を進める。
駆けるような足音が追いかけてくるのは分かっていたが、早足に人波に紛れ込んだところで振り返っても、誰の姿も見えなかった。
「ふう……」
重い溜め息をついてしまった理由さえも、自分では分からなかった。
うまく逃げ切れたことへの安堵の気持ち。
それとも、誰にも見つからなかったことを、残念に思っていたのだろうか。
ドロドロとした感情は、一言ではとても説明できそうにはなくて。
とにかく、一刻も早くこの場から離れようと、ひたすらに足を進めた。
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