3303人が本棚に入れています
本棚に追加
「ちょっと、貸して」
重なっていた文雄の手が急に重くなったかと思うと、彼は腰を浮かせて、もう片方の手を恵美の鞄の中に入れた。
目を動かしてはいなくとも、恵美にはそれが見えているはずなのに。
止める気力も、なかった。
「うわあ……。着信履歴、カズばっかじゃん。キモッ。
こうなると、ストーカーっぽいね」
いくら悪ふざけとは言っても、和成の悪口など聞きたくもないのに。
頭を振ろうにも、力が入らない。
「まあ、こんな状況じゃあ……そうしたくなる気持ちも、分からなくはないけど、ね」
クスリと笑う文雄の指が、恵美の携帯電話のボタンを数秒押し続けると、画面は少し抵抗するように瞬いて、消えてしまった。
それでも、やはり恵美はトロンとした目を、宙にさ迷わさているばかり。
最初のコメントを投稿しよう!