Ⅰ

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明らかな誘いの言葉でもかけられれば、さすがの恵美も慌てて逃げ帰っていたかもしれない。 が、今日の文雄はやけに優しい。 こんな時にかぎって、なんて恨めしくも思ってしまうのだけれど、彼の静けさが、今の恵美には嬉しかった。 「恵美が、こんなに素直だなんて……なんかあったんだ?」 クスクス笑う文雄。 しかし、質問をしているはずなのに、その口調は決して押し付けがましいものではなくて。 答えを求めていないようにも思えるものだった。 もっとも恵美だって、何があったのかを、すぐに口にする気にはなれなかったのだけれど。
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