Ⅰ

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「そんなこと、言わないで下さいっ」 自分でも分からぬうちに声が大きくなってしまったことを、後悔しても遅かった。 文雄は、驚いたように目を見開いたまま、ぼんやりとこちらを見ていたし、隣に座っていた女性2人も小さく笑っているのが分かる。 恵美は急に頬が熱くなるのを感じて、慌てて顔を伏せたけれど、こちらを真っ直ぐ見つめてくる文雄の視線を感じないわけにはいかなくて。 ますます上げられなくなる顔が赤くなるのを押さえることも出来ずに唇を噛みしめていた。 「ふうん……恵美は、本当にカズのことを信じてるんだ」 不意に流れ込んできた文雄の声は、どこか気の抜けたような口調だった。 怒っているというよりも、呆れたような、溜め息混じりの言葉に、恵美も静かに顔を上げる。 すると、やはり彼女に向けられていた文雄の灰色の瞳がキラリと光ったのが見えた。
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