Ⅰ

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すぐに彼女は、自分の名前が呼ばれたのだと、気がついていた。 しかもそれを、誰が口にしているのかまで、もう分かっていたのである。 が、恵美は大きく肩を震わせただけで、動くことはできなかった。 意識を全て耳に集中させて、次の言葉を待っているのに。 自分からは、どうしても振り向くことができなくて。 うるさく騒ぎ立てる鼓動を感じながら、文雄が呟いたのを聞いていた。 「……あーあ。見つかっちゃった」 文雄は、もうとっくに振り向いて、声の主を睨みつけているようだった。 唇の端を上げて笑っているはずなのに、鋭い目つきなのが、視界の端にチラと映る。 すると、その隣で黒い影が動いたかと思えば、大きな手が肩を掴むのを感じた。 「お前……何やってんの?」 「……和成、先輩」
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