Ⅰ

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言いたいことなんて山ほどあるのに、結局、和成を前にしては何も言えなかった。 そんな恵美の気持ちを察するように、 「恵美……」 彼女の名を呼ぶ彼の声は、かすかに震えている。 気まずいのは、お互い様。 それ以上の会話を続けようとしても、続けられないのも、お互い様。 やっぱり口を開くことは出来なかったけれど。 それでも、恐る恐る目をやった先の彼の瞳の中には、わずかに穏やかな光が見て取れたから。 このまま上手く話し合うことが出来たならば、もしかしたら解決することが出来るんじゃないか、なんて淡い期待を抱きかけたのに。 文雄の声が、つながれかけた2人の糸をプッツリと断ち切った。 「恵美、お前と別れたいらしいよー?」
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