Ⅰ

24/74
前へ
/632ページ
次へ
その後に、文雄は少し恵美を見て。 再び和成に視線を戻してから、言った。 「お前、ジュリのこと……好きだっただろ」 和成の目が、かすかに見開かれたのが、分かった。 それは、ほんのわずかな動き。 たまたま彼女が視線を向けていなければ、決して気がつくことの無かっただろう変化だった。 が、タイミングが良かったのか、悪かったのか、恵美は確かに和成の小さな動きを見てしまって。 自分の胸に針でも突き立てられたような痛みを覚えた。 「……そんなわけ、ない」 きっぱりと、和成は答えた。 その言葉を聞いただけでは、彼の心の揺らぎを感じることはない。 それでも、文雄は聞いていないような顔で、首を横に振った。 「一応、恵美の前だから過去形にしといてやったけど……。 お前が、あくまでしらを切るなら、はっきり言ってやろうか? 『今もお前はジュリが好きなんだろ』って」
/632ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3303人が本棚に入れています
本棚に追加