Ⅰ

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文雄の睫毛が細かく震えていることに、恵美以外に気がついた者があっただろうか。 いや、恐らく誰も気にとめなかったに違いない。 和成もジュリも、次に発する言葉を探すのに精一杯の様子で、文雄のことをまじまじと眺めていたのは恵美くらいのものだったのだから。 「確かに、あれは私が悪かった」 と、ジュリが溜め息混じりに言う。 細く開かれた文雄の目は、威嚇するように彼女に向けられた。 「でも……。 私は悪かったけど、カズくんは悪くないから。 そこは勘違いしないで」 思いがけず、はっきりと言ったジュリに、文雄がちょっと笑った。 「かばうんだ?」 「かばってるわけじゃないよ。本当のことを言ってるだけ」 「本当のこと?」 「そう。恵美ちゃんもいることだし。 それだけは、はっきりしておかないとね」 ジュリは言葉を切って、一息に言った。 「あの時のキスも、さっきのも。 私が無理にしたことだから。 カズくんは、何にも悪くなんかない」
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