Ⅰ

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「……え」 思わず声を漏らしてしまったのは、恵美だった。 和成は、もちろんジュリの話の展開を予想していたのだろう。 ちょっと腰を浮かせたかと思うと、寄り添うように恵美の側へと体をずらして来た。 なにを言われたわけでもないが、触れ合う腕から伝わる彼の体温が、彼女の緊張をほぐしてくれる。 その腕に支えられるようにしながら、恵美は話の続きを待った。 「女?……なにそれ。訊ねてくるような女なんて……」 文雄は笑いかけたが、笑い声はすぐに途絶えてしまった。 無理に作られた笑顔はひきつり、その瞳は、怯えてでもいるように微かに揺れていた。 「とぼけないでよ。あんたが言ったんだよ? もう、ここまで話しが進んでるんだから、今さら隠し事は無しにしようって」 ジュリが、言う。 しかし、彼女の声も、わずかに震えているように思えた。 隠し事は無しにしようと口では言っておきながら、本当は真実を暴きたくなんてないのかもしれない。 恵美は、うるさく響く心臓の音を聞きながら、そんなことをぼんやりと思った。
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