Ⅰ

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それでも恵美が動かずにいたのは、不意に文雄の存在を思い出したからだった。 この状況を見れば、彼だって恵美と同じ、辛い立場。 どこか仲間意識のようなものさえ、感じさせるところがあったのである。 それでも、だからと言ってジュリの話を聞くことが容易になったわけでもなくて。 恵美は和成を視界から外すように座り直すことで、少しでも緊張をほぐさなければならなかった。 「でもね、その時は、それだけ……って言うのもおかしいけど。 とにかく、それ以上は何もなかったの。 すぐにフミ達が帰ってきたし、私も、その後すぐに寝ちゃったしね。 目が覚めた時には、二日酔いで痛む頭で『夢だったのかなあ』って思っちゃうくらいでさ。 カズくんには悪いけど、すっかり忘れちゃったくらい」 ジュリの顔に笑顔が戻る。 それを見て、恵美は思わず一息つきかけたのに。 ジュリは不意に笑みをかき消した。 「でも、恵美ちゃんに会って……。 思い出しちゃったんだ。 あの時の、気持ち」
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