Ⅰ

57/74
前へ
/632ページ
次へ
「……『優しく』がいいんだろ?」 文雄が、いつになく優しい声で囁けば、ジュリの顔もみるみる赤くなって。 「うん……」 小さく頷いた彼女は、本当に照れくさそうだった。 そして、見たこともないほど幸せそうで。 「いいなあ……」 素直な感想が、恵美の口から零れ落ちた。 しかし、しばらくは嬉しそうに目を細めていた文雄も、やはり彼は彼だったのである。 再び口を開いたかと思えば、もうポンポンと意地悪な言葉が飛び出し始めて、ジュリを怒らせる。 「俺に優しくしてもらったら幸せになれるだなんて、結構可愛いこと言うじゃんか。 ボロボロ泣いちゃってさあ。 そんなに俺と別れるのが嫌だった?」 となれば、ジュリも黙ってはいない。 「なに言ってんの。私は別れよっかって、はっきりいったじゃん。 別れたくないって言い張ったのは、そっちでしょ」
/632ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3303人が本棚に入れています
本棚に追加