Ⅰ

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過去なんて気にしないと言ってやりたいけれど、そうもできない自分の性格は、恵美自身が一番よく分かっていたから。 彼女は小さく頷くだけに留めておいた。 好きな人に『好き』と言われることが、こんなにも苦しいなんて、知らなかった。 単に嬉しいだけじゃない、言葉にならない感情は、どうにも処理できそうにはなくて。 ただ、はっきりと浮かんできた思いは『自分だけを見て欲しい』というもの。 その気持ちだけが突発的に浮き上がってきた恵美は、もうどうにも自分を抑えることができなくなってしまった。 「先輩……っ」 「ん?」 恐らく、何か嫌なことを言われるとでも覚悟をしていたのだろう。 和成は怪訝そうな顔をして彼女に顔を向けた。 が、今の彼女には、彼の気持ちを汲み取っている余裕なんて無かったのである。 とにかく自分の溢れんばかりの気持ちを伝えてしまいたくて。 それが一方的過ぎることは分かっていたけれど、どうにもできなかったから、黙ったまま躊躇うことなく顔を彼へと近づけて、唇を重ね合わせてしまった。
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