Ⅰ

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「……ふうん」 心なしか力の入っていない彼の相槌は、彼の不安な心情を表しているかのようだった。 これに恵美は不思議と、ちょっぴりではあるが、勇気をもらった気がしたのである。 不安なのは自分だけじゃないと気がついたから。 「私は、ジュリさんが悪いことをしたんだとは思ってません。 悲しい時にも、一人で強く耐えろなんて……そんなに格好いいことは私には言えないですし。 他の人が優しくしてくれたら、フラフラしちゃう気持ちも分かっちゃうんです」 黙ったまま、彼の瞳が左右に揺れる。 自然と潜めてしまう声が、どんどんかすれていくのを、ちょっと咳をして治してから、恵美は続けた。 「フミさんの浮気は……フォローのしようもないですけど。 でも、きっと私に近付いてきたのだって、ジュリさんの気を引きたかっただけだと思うし。 2人とも不器用なだけで、すっごい想いあってたのは、私が見ても良くわかるので。 なんていうか……ちょっと羨ましい気さえしちゃいました」 「羨ましい?」 「はい。もしかしたら別れた方が上手くいくんじゃないか、なんて……本人達も分かってるのに、結局はお互いを想ってしまうなんて。 ……素敵じゃないですか?」
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