Ⅰ

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笑う気などこれっぽちもなかったのに、唇からこぼれたのは笑い声だった。 「それって、皮肉?」 和成は困ったように言うばかりだったけれど。 「違いますよ」 話しているうちに、自分の意思がはっきりと見えた気がして。 今度こそ、自分からにっこりと微笑んで彼を見た。 「私も、そうだと思うんです」 「そうって?」 「たとえ和成先輩と別れた方が、絶対に幸せになれるって分かったとしても……私は、絶対に先輩から離れませんっ」 と自分でも頬が熱くなるのを感じつつ、それでも視線をそらそうとはせずに付け足した。 「まあ……離れたくても離れられないっていうのが、事実なんですけど」 これには和成も呆気にとられてしまって、しばらくは開いた口が塞がらないようだった。 が、 「そっか」 と、思いがけず優しい笑みを浮かべたのである。
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