蓋される川

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 池の周りを回ってみると、ちょうど北側に小さな流れが残っていた。岸はコンクリートで固められているが、清水が池からそこを流れ出ている。目でその流れを追うと、ビルとビルの間に僅かに開けられた細い路地へと向かっていた。さっきまでの萎えた充足感をかなぐり捨て、興味のままにその流れを追うことに決めたのだ。  ビルの間の川は、細く細く流れを作っている。時折ゴミが捨てられているし、ビルからの汚水も流れ込んでいるに違いないのだが、それでも川は最初の清水を保って続いていた。ビルの裏口には、煙草や中華料理屋の油の匂いが溜まっている。普段俺自身も煙草を吸うし、飯は安く済む中華料理屋をよく使っているはずなのに、自分にとってありふれたはずの匂いが、今日この場では妙に厭らしく感じられた。  やがてビルとビルの間を抜けた。と、そこは木造の住宅の並ぶ辺りだ。目の前にはひょろひょろと、二本の線路が川に沿って引かれている。ぼうっと立ち尽くしていると、チンチンと軽快な音を鳴らして黄色い電車が過ぎ去っていった。そう言えばこの先に、東京都電の電車庫があったことを薄ら思い出した。この線路はその電車庫へ続いている、都電の線路なのだろう。川は線路と家とに挟まれる格好で、先へ先へと流れていた。抑えきれずに、俺は線路と川との間の、僅かな隙間に足を踏み出した。  こんな真似をしたのは何年振りだろう。俺の地元には電車というものはなかった。精々汽車だ。古めかしい蒸気機関車が、煙を吐いて古ぼけた貨車や客車を引っ張っていく。そう言えば昔、よく悪ガキたちとつるんで線路で遊んだりもした。置石なんてことはしなかったが、よく釘を持ってきては、線路に置いて列車がそれをぺしゃんこにするのを楽しんでいた。線路と川の間、僅かな隙間を歩いていくスリルは、なぜか新鮮な感情を俺に与えていた。  やがて線路が上へと向かい、川はそのまま下を流れるようになる。河岸を注意深く進んでいくと、そこは家の裏手だった。勝手口のすぐ目の前に川が流れている。細い流れだが、それは確かにこの家々をどかすだけの川に違いなかった。俺は誇らしく思った。こんな小さな流れでも、家をどかすだけの力を持っているのだ。見たか、都会の人間たちよ。
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