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「え? 僕にですか??」
僕と武内さんしかいないこの室内で、僕は愚問と言える台詞を吐いた。
「いつもお世話になってるお礼です」
そう言って武内さんは僕にその包みを差し出した。今日は2月14日、そうバレンタインデー。彼女の白い指先にはピンクの小さな箱が支えられていた。
「あ、うん……。ありがとう」
僕はその可愛らしい包みを受け取った。ほんの少し指が触れた。ちょっと冷たい指先だった。冷え症なんだろうか?
「お口に合えばいいんですけど」
彼女はそう言ってちょこんと一礼すると経理部を出て行った。その武内さんの片腕には大きな紙袋が掛かっていて、このあとも他の部署に配り歩くのだろうと思った。
朝からビックリした。経理部の女性社員からは毎年もらっていたから今年も、なあんて期待はしていたけど、他部署の子から朝イチでもらえるとは思いもしなかった。だから僕にとってはちょっとした、いや、大きなサプライズ。
彼女は僕よりは6つ位年下で、入社2年目。最近まで総務課にいたのだけれど万年欠員の営業に借り出されて雑用を引き受けてるらしい。いわゆる営業事務。それで最近、出張費や接待費の精算に僕の所に来るようになっていた。話す、といっても精算の仕方や書類の書き込み方を教えるぐらいだから、まさかチョコをもらえるなんて予想外だった。でも、喜んだところで、まあ、義理チョコみたいだけど。
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僕はその包みを一旦机の引き出しに入れた。後から経理部の人からもらった数個のチョコと共に、ときどき引き出しを開けては眺めた。嬉しくて顔がニヤけた。
バレンタイン。このところ義理チョコは毎年もらえるけど、本命はここ数年もらってない。大学卒業後にゼミ仲間の一人からチョコと共に告白されて何となく付き合ったけれど、ウマが合わないというかすぐに別れてしまった。あの頃は、まだ僕の心には『副店長』がいた。それを彼女も知っていた。僕が忘れられないでいることに、副店長に罪悪感を感じてることに、薄々感づいていたんだと思う。だから、駄目になった。
副店長は僕のせいで目の前にあった店長昇格を剥奪された。僕は出世街道まっしぐらの彼女を底に突き落とした。彼女の将来を踏みにじった。幸せを奪った。きっと僕は恨まれてる。遊びで手を付けたバイトの男の子に降格左遷に追い込まれたんだから。
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