冬桜《パソコンver》

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 あれから僕は副店長を避けた。それは副店長が奴と体を重ねたことが嫌だとか、男遊びをしてたかもしれないこととかじゃなく、どうせ付き合えないなら諦めようって思い始めたから。きっと僕は初めて手が触れたり、狭いカウンターの中で間違って彼女の胸に触れたりして、気になってるだけだと思うようにした。バイトに来て副店長がいたら挨拶だけして目を合わさないようにした。後ろからあの匂いがしたときは振り返らないようにした。女は彼女だけじゃない。大学だって学部が違えば女子はいくらでもいるし、宝飾デザインのクラスなんて女子だらけだし、そのうちにきっと新しい恋が見つかると思うから。  僕だっていつまでもこの店にはいない。卒業したら都内で就職して、デザインの勉強をする。いつか僕のデザインが認められるまで。だからまずは就職先を見つけないと。  僕はこれまで以上にゼミに就活にデザインに精を出した。それは今思えば、あたかも副店長を考えないようにするために自分に課した作業のようなものだった。  もう桜も咲きはじめた。ここに面接来てから1年になろうとしている。僕の片思いも1歳になる。僕も来月から大学4年生。就活にゼミに更に忙しくなる。もっと頑張らないとゼミ仲間からもデザイン仲間からも取り残される。  副店長のことを忘れようと懸命に目を逸らすけれど、当然そんなことで忘れられる筈もなく、毎日を悶々と過ごした。彼女の店長教育は着々と進んでいるようで、店長が取り仕切る全ての業務を彼女が代行していた。時折、本社から届く異動辞令や昇格人事の通達をチェックしては副店長の名が無いことに安堵した。だってそんな書類に彼女が載っていたら、すぐに店長に昇格してどこかの店舗に行ってしまうから。  店に来て副店長が作成したスケジュール表を眺める。手書きで掛かれた紙切れ。彼女の右上がりのくせ字。僕が出勤する日を手帳に書き入れる。同時に副店長のシフトも確認する。いつも僕が入る21時で上がってしまうのは分かっているのに。  でも僕は一瞬、自分の目を疑った。あれ?、おかしい。副店長が閉店までいる日がある。3月31日。棚卸しの日だ。よく見ると閉店過ぎの時間までシフトに入ってる。僕も同じ時間まで。ってコトは、閉店過ぎまで一緒に仕事に入れる?、一緒だなんて何ヶ月振りだろう??と頭の中は副店長だらけになる。
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