冬桜《パソコンver》

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 僕がスケジュール表に見入っていると、後ろからあの匂いがした。 「一緒に棚卸し、してくれる? 榎並くんに覚えてもらいたいの。だから手伝って」  副店長だった。僕は驚いて心臓がバクバクした。顔が急に熱くなる。 「は、はい……」  忘れようと必死なのにこんなことされたら、意識してしまう。もっと好きになってしまう。  そして、とうとう、“その日”を迎えた。  僕は緊張と嬉しさで胸を高鳴らせる一方で、報われない恋を知らしめられる虚しさに襲われた。いつも通りに来ていつも通り更衣室で着替えてネクタイを締める。マネージャールームで棚卸しの準備をしている副店長に声を掛ける。彼女は僕に気付くと書類をバインダーに挟んで席を立った。彼女の後に付いて倉庫に入り、雑貨の在庫をカウントする。僕が品名を言って数を言い、彼女が手元の書類に書き記す。冷蔵庫、冷凍庫と狭い個室で二人で作業をする。彼女の息遣いすら服の擦れる音ですら聞こえてしまう近距離にどうしたって意識してしまう。このまま横を向いたらおでこにキス出来てしまう、そのまま腕を上げればぎゅうって抱きしめられる、なんてコトを考えていた。  在庫を数えてる途中に閉店時間になり、やがて厨房やフロントの従業員も帰り支度をしていつの間にか店に二人だけになった。全てのカウントを終えてマネージャールームに戻り、パソコンに打ち込む。閉店後の店は異様に静かで息をしちゃいけないくらいの緊張感に包まれる。 「あと3枚。頑張って。終わったら食事にいかない? ご褒美におごってあげる」  副店長は、ファミレスだけどね?、と笑いながら言い、椅子から下りて席を立つ。彼女はマネージャールームを出て客席に向かった。一緒に仕事出来た上に二人で食事だなんて。僕は舞い上がった。デートなんて上等なもんじゃないけど、舞い上がった。  少ししてコーヒーを持って戻ってきた。榎並くん、お砂糖入れたよね?と僕に渡してくれた。横目に彼女を見ると、両手でコーヒーカップを囲うように持ち、暖を取ってるように見えた。ユニフォームは半袖だし、寒いのかなと思った。僕の視線に気付いた副店長が僕に顔を向ける。ん?、とでも言うよに首を傾げている。僕は恥ずかしくなって自分のコーヒーカップに視線を戻した。クスクスと笑うのかと思っていたら、副店長は僕を見つめるようにして黙っていた。
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