冬桜《パソコンver》

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 コーヒーの飲み終えて再び打ち込みを始める。最後に印刷をして入力した数字を確かめてデータを送信し、棚卸しを終え、僕と副店長は店を後にした。 「ホント助かった。なんでもおごるからバンバン注文して」  店の近くにあるファミレスに着くと、副店長はテーブルに差し込まれたメニューを取って僕に手渡した。副店長の顔はニコニコとしていたけれど、どこか寂しそうだった。昼過ぎからの勤務で疲れてるのかもしれない。僕に教えながら棚卸しをして余分に時間が掛かって面倒だったのかなとも思った。  僕は気遣うつもりで彼女の顔をうかがう。でもいざ目が合うとドキマギして僕はテーブルに視線を外してしまう。仕事を終えて、ユニフォーム姿じゃない彼女は淡い色のスーツ姿で、いつも以上に艶っぽく見えた。きっちりと仕事をこなすキャリアウーマン風ではなく女性というか。そして笑ってるのに何故か悲しげなその表情に僕は戸惑った。  再び顔を上げて彼女を見ると、競合店でもあるこの店が気になるのか、従業員の接客態度や店の清掃状態、客層なんかをチェックしていた。いつもの副店長の顔。心配して損した。僕への労いではなく、商圏調査に来たみたいでガックリとした。でも、いつもの彼女に戻ってホッとしたし、それでも彼女と二人きりで食事することに変わりはなく、諦めようと決めた癖に、実らない恋だと分かっているのに、僕は正直嬉しかった。  彼女のプライベートな時間を独占してる。たかがファミレスでごはんだけど、僕の人生初めてのデート。彼女が店内のあちこちを見てる隙に彼女の姿をチェックする。細い眉毛、長い睫毛、黒い瞳。ピアスの開いた耳、ツヤツヤした唇。僕だけが見てる。  彼女と時折目が合っては、その度に僕はテーブルを見た。ゆっくりと視線を戻すと、なあに?、とでも言うように彼女は微笑んでいる。そしてまた僕は恥ずかしくてテーブルを見る。そんなことを数回繰り返した。  やがて料理が運ばれて来る。副店長はその料理の盛り付けや出来具合も細かにチェックして、あまりの仕事熱に僕は寂しくなった。僕がこんなに副店長を見てるのに、彼女は僕じゃなくて運ばれてきたパスタを見てる。
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