冬桜《パソコンver》

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 僕はまだ上がるとも帰るとも返事をしてなかったけれど、階段を上る金属音で僕が後ろにいることは副店長も気付いてる。一人暮らしの女性の部屋に男を招き入れるって、そういうつもりなのか、それとも僕はホントにコドモ扱いされてるのか、二つに一つだと思った。  開けられたドアから甘い匂いが流れてきた。副店長の髪と同じ匂い。女性の部屋って感じがした。大学の友達の部屋とはまるで違う。彼女が玄関に入り、僕も吸い込まれるように中に入る。まだ明かりのついてないそこは外からの街灯の僅かな光で薄ボンヤリと見えた。彼女が僕を見上げている。  次の瞬間、彼女の手が僕に伸びて来て、僕の首に触れた。そのまま後ろに回し、僕に抱き着く格好になった。その暗い玄関に目が慣れてきて、彼女が目をつむってるのが見えた。背伸びをしたのか、ぐっと彼女の顔が近付いてきた。あのときと同じ。バイト初日に副店長が更衣室に押し入って僕にネクタイを回したときと同じ格好。違うのは彼女が目をつむってるのと場所が彼女の自宅。僕は唾を飲み込んだ。童貞・彼女いない歴=自分の年齢の僕にですら理解する状況。もしこれが何かの勘違いで彼女に叩かれても構わない、逆に女性にこんなことさせてキスしないほうが失礼だとも思った。  僕は思い切って彼女の背に手を回した。コートの上からも伝わる彼女の体温。ゆっくりと顔を近付けて唇を重ねた。  初めてのキス。副店長は唇が重なっても抵抗する様子はなかった。副店長が僕とキスしたかったなんて意外だった。信じられなかった。コドモ扱いしてたのに何故?という疑問が湧く。でも唇を重ねたあと、キスってどうすればいいのか分からなくて、何故副店長が部屋に招き入れて何故キスを誘ってきたのかなんて考える余裕はなかった。とりあえず目の前の出来事に対処しなければいけない。ピッタリと重ねたままの唇を次にどう動かせばいいか考える。あのドラマで俳優はどんな風にキスシーンを演じてた?、友達の家で見たDVDでどんなふうにキスしてた? あ、キスしたあと、もしかしてヤったりするんだろうか?? どうやって抱いたらいい? 僕の脳は爆発しそうなほどフル回転している。  そうこうしてるうちに僕の唇に生暖かいものが触れた。ゆるゆると動いて僕の唇を割ろうとしている。僕はガチゴチになってフリーズしてしまい、必死に閉ざしたままだった。 「可愛い」
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