冬桜《パソコンver》

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 じゃあ、明後日お店でね、と言って僕を送り出した。ドアを閉める。外付けの階段を下りていく。僕の靴が鈍い金属音を鳴らす。それを降り切るとアスファルトの上で足音は静かになった。  僕は副店長を抱いた達成感と初めて男になれた満足感を覚えたけれど、最後の副店長のからかうような捨て台詞が不協和音のようにそれを濁した。 6  明後日、僕は何事もなかったかのようにバイトに来た。バレちゃいけない、そう思いながらユニフォームに着替えるけれど、つい顔がにやけてしまう。時間になり、いつもどおりに店に出る。副店長はカウンターの中でカクテルを作っていた。いつもと同じ光景なのに、すごく緊張した。一昨日抱いた副店長がいる。この人のカラダを生で見た。触った。今はユニフォームを着てるけど、こないだは僕が脱がせてハダカにした。僕のを含んでくれた。本人を目の前にリアルに思い出して心拍数が上がる。動揺した自分を隠そうとするけど、そんなの無理で、どんどん顔が熱くなる。  カウンターに入った僕に気付いた副店長は笑みもせず僕に近付いた。副店長から引き継ぎを受ける。副店長は客席を見ながら品切れなどの連絡事項を淡々と口にした。まるで僕を遠ざけるかのように目を合わせない。バリアを張ってこれ以上近付くなとでも主張するかのようだった。彼女は僕の手の平にレジの鍵を落とすと、マネージャールームのある方に下がっていった。  皆にバレないようにそんな素っ気ない態度をするのか、一昨日の出来事を後悔してるのか、僕には分からなかった。心の中がザワザワとする。  だって、普通、好きな子がいたら、挨拶して話して、デートに誘って、気持ちを確かめて、付き合うって宣言して、手を繋いで、キスをして、って順番があると思う。恋人になる順序。なのに、僕と副店長は全ての順番をすっ飛ばしてヤった。一気に体を結んだ。しかもヤったあと、僕が告白しようとしたらキスで胡麻化された。付き合う、とも言ってない。  もしかしたら、僕とのことは遊びなのかもしれない。ほら、本社人事部の奴が男遊びって言葉を使ってた。たまたま自宅まで送ってくれた僕をつまみ食いしたのかもしれない。遊びか、それならつじつまが合う。僕は奈落の底に突き落とされた気分になった。 「榎並さん」  カウンターでため息をつきながら鍵をポケットにしまっていると、いつも閉店まで一緒に働くコから話し掛けられた。
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