冬桜《パソコンver》

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「あ、はい」 「あの、聞きました? 人事通達の話」  人事?……。あ。 「副店長、1日付けで昇格したみたいですよ」  昨日4月1日付けの人事が配信されて来ていたらしい。僕は浮かれててすっかり忘れていた。  副店長は店長になる。もうすぐ異動になる。だからあのファミレスで別れを予感させるようなコトを言ったんだ。昇格が決まれば1ヶ月位で異動になるって店長が言ってた。  すぐに彼女の後を追ってマネージャールームに行き、問いただしたかった。でもそんなことをしたら他の従業員に怪しまれる。仕方なく僕はバイトを終えたあとに副店長の自宅に行った。副店長は異動になることを知ってたんだ。知って何故、このタイミングで僕を誘ったの? もうすぐ離れ離れになるのに。副店長だって店長になれば更に仕事に熱が入って僕なんて構う時間なんて無いはずなのに。  階段を上り、ドアの脇にあるボタンを押してチャイムが鳴らした。しばらく待つけれど、中は暗く明かりのつく様子もない。もしかしたら留守かもしれない。こんな時間にどこへ、と勝手に想像を巡らせていると、中でチェーンを外す音がした。鍵が回る音がしてドアが開いた。 「どうしたの? トラブル??」  副店長はパジャマ姿だった。寝ていたみたいで目を擦っていた。僕は、すみません、と言った後、レジの鍵を金庫にしまい忘れて、と鍵をポケットから取り出した。  いつもなら、その鍵は売上金とともに金庫にしまって置くものだった。でも別にしまい忘れて僕が持っていても困るものでもない。開店業務用に朝のメンバーも同じものを持っていたし、店長もスペアを持っていたから。しまい忘れたときは持ち帰って翌日大学に行く前に店に届けた。僕だってそれは重々承知している。でも何かの口実がないとここに来ちゃいけない気がして小細工をした。きっと僕の行動はミエミエだと思う。でも僕は副店長にどうしても会いたかった。  でも副店長は僕の手からその鍵を預かると、 「うん、ありがと。お疲れさま」 と言ってドアを閉めた。  突き放された。部屋に入れてはくれなかった。仕方なく外付けの階段を下りる。4月に入ったとは言え夜中は冬みたいに寒い。さっき鍵を渡したとき触れた副店長の手は暖かかった。僕の手が冷えてたんだ。
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