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明後日に店に来るように伝えられ、僕は再び店に来た。客用入口から入ると従業員から「いらっしゃいませ、何名様でしょうか」と聞かれる。
「あの、いえ僕は……」
とシドロモドロに答えていると、副店長さんが飛んできてくれた。
「あー、違うの、この子は新しく入るバイトの子だから」
と言ってその従業員を制した。
「あ、ごめんね。こっちに来て?」
と裏へ通される。彼女の後ろを付いて歩くと、少し甘い匂いがした。
整髪剤?、香水?。
彼女の髪を見る。バレッタでまとめあげられた髪。うなじの後れ毛。白い首筋。華奢な肩。半袖から伸びる細い腕。黒いタイトスカートから出る白い足。黒いパンプスに続く足首。面接の時は席に座って対面してたから気付かなかったけど、意外と小柄だったんだ。話した印象もしっかりした感じだったし。
そうこうしてると休憩室と書かれた部屋に入った。テーブルの上にはシャツやズボンがきちんと置かれている。
「榎並くん、これに着替えて」
彼女はそのユニフォームらしき衣服を手にして僕に手渡した。その白い指先で奥の扉を指した。更衣室らしい。僕は、はい、と返事をし、中に入った。ズボンとシャツに着替えたはいいが、その長い紐と格闘を始めた。ネクタイは大学の入学式以来で結び方なんて覚えてない。ああでもないこうでもないとグルグルと恨めしい紐を回していた。
何分経ったか、更衣室の扉をノックする音が聞こえた。
「榎並くん、大丈夫? 閉所恐怖症で倒れてない? 鍵、開けて?」
僕が鍵を開けると、副店長さんは扉を開けて中を覗き込んできた。僕がネクタイを結べずにいたのを知った彼女は、クスクスと笑って僕の手からスルスルとネクタイを引き抜いた。ほんの少し手が触れて僕は恥ずかしくなって一気に顔が熱くなった。更にこの狭い更衣室に彼女も入って来る。
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彼女は僕の前に立ち、ネクタイを片手に背伸びをして僕の首の後ろに両手を回した。彼女の顔が僕の顔に異様に近付く。長い睫毛、淡い色の口紅。彼女の吐いた息が僕の顎の辺りに掛かる。ネクタイを僕の首に掛け終えると背伸びを辞めたのか彼女の背が低くなった。僕の眼下には彼女の頭のてっぺんがある。僕は息を掛けちゃいけないと思い、大きく空気を吸い込んで息を止めた。僕の肺の中はさっきの彼女の甘い匂いで充満している。きっとこの匂いの元は整髪剤かシャンプー。
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