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「僕なんかより経験者の方が……」
「そうね。正直言うと私は経験者を希望してた。でもね、店長がそういう子の方が伸びるし真面目に働くから、と勧めてくれた」
副店長はカクテルを作りながら話を続ける。
「半信半疑だったけど、この1週間榎並くんと働いて私もそう思えるようになったよ。だから自信を持って、ね?」
はい、これ12番テーブルね、と僕に出来上がったカクテルを客席まで運ばせる。僕はいまだ手に馴染まない盆を持ち、背の高いグラスを乗せて、そろりと歩く。僕の仕草が異様なのか辺りからクスクスと笑い声が聞こえる。目的のテーブルに着くと、「『榎並』くんって言うんだ。可愛いわねえ」と僕のネームプレートを見た40代位の女性が僕をからかう。どうしていいのか分からず副店長に目で助けを求めると、彼女もクスクスと笑っていた。
僕は可愛がられてるのか馬鹿にされてるのか戸惑った。でもどちらにせよ、副店長にとって恋愛対象でないのはよく分かった。だいたい僕だって本当に副店長のことが好きなのか分からない。ただ近くに異性がいて、たまたま手や体が触れて意識してるだけかもしれないし。
好きになったとしても、年上の社会人が僕みたいな学生を相手にするわけないじゃないか……。だから僕はもし恋だとしても、叶わなくてもいいと思うようにした。見てるだけでいい。憧れの存在、みたいな。
そうこうして、バイトを始めて半年が過ぎた。これまでに得た副店長に関する情報は「28歳」「独身」「一人暮らし」「仕事が恋人」「夢は新店配属」だった。店長によると、元々は本社の事務枠で入社。3年前、現場に惹かれて店舗に配属してもらったという変わり種だとか。それだけに切れ者だよ、とも。
華奢でしっかり者。クレームなんて顔色を変えずにキッチリ対応して。どんなに忙しくても疲れてても愚痴ひとつ零さない。気が強いとか負けず嫌いなのか。社会人って凄いなあって思う。
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